後藤 怜奈さん

「日本人だけど日本人になれない、だからこそ大好きな日本。」

後藤怜奈さん
出身高校

頌栄女子学院

在籍大学

慶應義塾大学 経済学部

海外滞在歴

アメリカ・カリフォルニア(0〜7歳/7年間)

「帰国子女」と呼ばれたくない…今でも後悔している中学受験

生まれた時からアメリカに住んでいたのですね。

アメリカのカリフォルニアで生まれ、7歳までカリフォルニアで過ごし、小学2年生の時から日本で暮らしています。 現地のpreschool、kindergartenに通い、その後1年生の半年間だけ小学校に通いました。 アメリカで生まれ育ったので、気づいたころには現地の子供達と同じように英語を話していました。 アメリカにいた頃は、外では英語、家の中では日本語を話していました。もう少し長くアメリカにいたら、 日本語に難が生じていたかもしれません。

小学2年生の時に、初めて日本に来て、実際に暮らしてみてどうでしたか?

日本に帰って来て、困った事はやはり環境や人の違いです。幼かったこともあり、何が起きているのか、よくわかっていませんでした。 日本のことについては親からよいところをたくさん教えてもらっていたので、特に不安はなかったのですが、 友達に会えなくなることがどういうことなのかまではあまり考えていませんでした。旅行に行くような感じでした。 しかし、いざ住んでみると今まで自分が話していた言語が当たり前のようには使えず、むしろ隠さなければならない、 ということにものすごく違和感があったことを覚えています。

その後、徐々に学校生活にも慣れていったという感じでしょうか?

小学校2、3年生が日本の学校に慣れる期間で、その後4、5年生は楽しく過ごせていました。 ただ、6年生の受験期は本当に辛かったですね。周りが4科目の勉強をしている中で、私は英語1科目だけ勉強すればいい。 「アメリカに住んでいただけで英語はできる」「4科目受験では合格できない学校にも帰国子女受験なら合格することができる」 と周りから冷ややかな目で見られました。

元々、兄が通っていたこともあり、私も4年生の頃から塾に通っていました。 公立の中学校では英語の学習がabcから始まると聞いていたので、元々私立の中学校に通いたいと思っていました。 私は小学2年生の時に帰国しており、「帰国後3年以内」という帰国子女の条件も満たしていなかったですし、 帰国子女受験で入学し「帰国子女」と言われ続けるのも嫌だったので、4科目勉強し、一般受験をするつもりでいました。 しかし、英語ができる、という帰国子女としてのメリットをつかわないのはもったいない、という親の方針で4科目勉強させてもらえませんでした。 結局、親が学校に直談判し、帰国子女受験を受けさせてもらい、合格しました。帰国後もしっかりと英語の勉強は続けていたので、 入試自体は問題なかったのですが、4科目ではなく、英語で受けざるを得ないことが非常に情けなかったです。

入学した中学・高校での生活はどうでしたか?

中学・高校時代は赤点ばかりでした。勉強の仕方が分からなかったですし、テストは勉強するものなんだ、 という意識さえありませんでした。英語以外は、赤点をとっても親には怒られることもありませんでしたし、 自分自身も大学受験までに間に合えばいいかな、と考え、部活に打ち込んでいました。ただその中でも、 中学3年生の時に受けた経済の授業で「金解禁」について学習したことがきっかけになり、将来は経済の勉強がしたい、 と漠然と感じるようになりました。その後、慶應義塾大学の三田キャンパスで経済の模擬授業を受けて、 ますますその想いは強くなりました。今はその念願が叶って、とても充実しています。

大学入試は一般入試で受験されたようですね。

はい。大学受験の時も、母には「帰国子女であること・海外経験があること」を利用してAO入試を受けるよう薦められました。 AO入試であれば、一般入試と合わせて2回の受験のチャンスが得られ、有利だという母の意見は理解することはできましたが、 小学校の時に帰国子女受験を受け、非常に後悔していたので、一貫して反対、一般受験しました。

日本語のテレビも本も禁止、家での母との会話は全て英語!

話はがらっとかわりますが、日本に来てからは、どのように英語は勉強していたのですか?

母が英語の先生ということもあり、家では母と英語で会話していました。小学校・中学校の9年間は家では全てが英語でした。 英語のテレビ以外は見る事を禁じられ、本も基本的には英語でした。学校で周りの友達と話を合わせることが出来ず、辛かったですね。 今でも母と二人で話す時は英語です。あとはアメリカのリーディングの教科書で勉強したり、親に薦められるがままに本も読んでいました。 教科書・読書・日常会話で英語力は磨いていましたね。

英語を学ぶ上で、重要なことは何だと思いますか?

とにかく発音を鍛えることが重要です。発音がきちんと出来ないと、この人は英語ができないのかな、と思われてしまう。 文法よりもまず先に発音だと思います。毎日短くても、継続的にネイティブの発音に触れることが重要だと母に言われ続けました。

また、「文脈で理解し、判断する力」もとても鍛えられました。辞書を引いて、単語を調べ、意味を理解することももちろん重要なのですが、 それ以上に英語を文脈の中で判断することを求められました。自分一人では到底読めないような本をよく母親に渡されました。 アメリカにいた頃はせいぜい一年生だったのに、日本に来たばかりのころにハリーポッターを読むように渡された時の衝撃は今でも忘れません(笑) もちろん読んでも意味はわかりません。母親に泣きつくと、どうしても分からない時だけ辞書を使って単語を調べなさい、と言われます。 辞書を引きながら読むと文章が理解できます。そうしてどんどん辞書を使っていると、今度は辞書を取り上げられました。 単語がいくつか分からなくても、文章全体はなんとなくわかるはず、文脈を判断する力をつけなさい、とよく言われました。 英語の勉強に関しては、本当に厳しかったですね。

私は「帰国」していない。日本人だけど日本人になりきれない自分。

ご自身の帰国子女経験をどのように捉えられていますか?

まず私は自分のことを帰国子女だと思っていません。「帰国」したわけではないので。アメリカで生まれ、日本に来た人を形容する言葉がないから帰国子女と呼ばれざるを得ないだけです。

帰国子女とカテゴライズされることはあまり好ましくないですね。あまり気分はよくないです。私はアメリカで生まれ、アメリカで育ったので、日本人だけど日本人にはなりきれない、 その事実を帰国子女と言われることでまた思い出させられる。どんなに頑張っても日本人にはなれないし、周りの日本人からすると私は帰国子女。 すると私はどこに戻ればいいのか、と感じてしまう。自分の故郷というものが私にはないんです。「何人か?」と聞かれたら、私は、日本人・アメリカ人両方だと答えます。 どちらかではないし、どちらかになることもできません。どちらでもないけど、どちらでもあるという位置づけでいようと思っています。 アメリカには様々な人種の人がいるので、自分は何人である、という意識をはっきり持つことが自分のアイデンティティになります。 私もアメリカにいる時は自分が日本人だと言っていましたし。しかし、日本で住んでみると、完全に自分自身が日本人になりきれていないことに気付き、 自分が今まで日本人だと思っていた部分は何だったんだろう、と。普通の日本人の人にとってあまり意識はしないけれど当たり前にあるものが、私にはないのだと思います。

よく帰国子女の人が英語が「抜ける」と表現すると思います。それと同じように、日本にいる時間が長ければ長い程、私の中のアメリカ人の部分は「抜けて」いきます。 でも日本人になれるわけではない。そうして自分の中からどんどん何かが「抜けて」いくのが辛いです。

アメリカで生まれ育ったからこそのお考えだと思います。自分は何人で、ふるさとはどこなのか、という問題にどう向きあいますか?

私はまだ、「帰国子女」としての経験を自分の中で乗り越えられていません。だから何かアドバイスを求められても、「これから大変なこともあるだろうけど、 頑張ってね」程度のことしか言ってあげられません。でも乗り越えるものでもないのかもしれないな、と最近は考えるようになりました。 どこかで諦めて、付き合い方を学ばなければならないのかもしれない、と思っています。先ほどの繰り返しになりますが、 日本に住む期間が長くなればなるほど、自分の中のアメリカ人の部分が「抜けていく」のに、自分は日本人にはなれない。なれないものはなれないし、 「抜けて」いくものは「抜けて」いく。それは仕方ないことです。だからこそどこかでふんぎりをつけなくてはいけないと思っています。

22歳になる時に、アメリカの国籍を放棄するか、保持するかの選択を迫られます。今の私はどうしても放棄したくないですし、 アメリカの国籍がなくなってしまうことも考えられません。しかし、そうすることもまた一つの乗り越え方なのかもしれないな、 と思っていて。抜けていくアメリカ人の部分を自分で手放すのもありなのかもしれないと思っています。22歳の時に、 何かしらの形でふんぎりをつけることができれば、乗り越えられるかもしれないなと思っているので、 それまでしっかり向き合って考えたいと思っています。

日本は本当に素敵な国。全ての人にとって生きやすい国に。

アメリカと日本、2つの国で生活をされて、それぞれの国に対してどのような思いを抱いていますか?

良かったことなのかどうかは複雑なところではありますが、私の中では物事を捉える視点は一つではありません。 日本の何を見ても、アメリカと比べてしまいます。私は日本のことが本当に好きです。日本人だけど、 日本人になりきれない自分が、日本で暮らすからこそ日本の良いところがはっきり見えるし、日本は素敵だな、 と思うところがたくさんあります。そこらへんの人よりは何倍も、何百倍も日本のことが好きです。 最近感動したのは、和楽器の演奏と初音ミクのボーカロイドを合わせた演奏を聞いた時です。 現代の電子音と歴史の長い和楽器の奏でる音で同じ一つの曲を演奏するという事実を目の当たりにして本当に感動しました。 日本の国がずっと一つであること、そして長く続いていることを感じ、そのつながり・連続性を実感することが出来ました。本当に素敵なことだと思います。

もちろんアメリカも素敵な国だな、と思います。アメリカに行くと自分の生まれ育った国、場所なんだなという感覚はありますし、 「おかえり」と迎え入れてもらえるような気持ちもします。アメリカに行くとほっとしますし、何より空が本当にきれいなんです。

このインタビューを通して、後藤さんが本当に日本が好きなんだな、ということが伝わってきました。この美しい国が、帰国子女のみなさんにとって、よりよい場所になるためにはどうなるべきだと思いますか。

日本では帰国子女であるというだけで「甘い蜜が吸える」ことが多いです。でもそうやって優遇されればされるほど、辛いことは増えていきます。 本心としては、そんなに帰国子女であることを取り上げてほしくないし、帰国子女が得になるシステムはなくなってほしいと心から思います。 あるいはそうでなければ、帰国子女同士でお互いに話し合える環境がもっとあればいいのになと思います。もちろん、それぞれ一人一人、 乗り越えるべきことは異なるでしょうが、経験を共有できる、ということは生きていく上で大きな支えになると思います。 あとはやはり、帰国子女に対する理解がもっと必要だと思います。「自分に子供が出来たら、幼い間は英語圏に住ませたい!」などと言う友達もいます。 私は「アメリカに住んで英語が話せるということは本当に素敵なことなのか」「帰国したあと、どんな気持ちで日本で過ごすのか」など、 そういう部分も想像してほしいな、と思うし、帰国子女であることの悪い面にももっと目を向けてもらえたらなと思います。

帰国子女であることは、そのデメリットに見合うメリットはありません。少なくとも私には感じられません。 でも帰国子女だからこそ感じることの出来る気持ち、経験はあります。それらを通して人として成長できるのではないかと思います。