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MESSAGE 帰国子女の先輩たちの体験談

海外で生活してきた先輩たちの、当時の生活や心境をありのままに。

白石真由

白石 真由さん

"海外生活は自分だけのもの。自信を持って人生を歩む。"

出身高校
Cairo American College
在籍大学
上智大学外国語学部イスパニア語学科
海外滞在歴
フィンランド・ヘルシンキ (12-15歳/3年間) エジプト・カイロ (16-19歳/3年間)

「どうして怒られるの?なにをすればいいの?」右往左往した中学生活。

Q:本日はよろしくお願いします。失礼かもしれませんが、非常に珍しい国での滞在経験がおありですね。

商社に勤める親の仕事の都合で、小学6年生から海外での生活が始まりました。小学6年生から中学3年生まではフィンランドのヘルシンキで、高校3年間はエジプトのカイロで過ごしました。

Q:小学6年生で海外に行くことが決まったときはどのような気持ちになりましたか?

海外へ行くことが決まった時は、海外で生活する、ということがどういうことなのか、全く検討もついていなかったです。検討もつかなかったからこそ、嫌だ!とも、悲しい!とも特には感じていませんでした。それまでは海外旅行すらしたことがなかったので、飛行機に乗るのが怖いな、と感じていた程度です(笑)ところが、渡航前日になっていよいよ明日から、となった時に急に悲しくなったのを覚えています。悲しみというよりは、これからどうなるんだろう、という不安な気持ちが一気に押し寄せてきたのを鮮明に記憶しています。

Q:一番不安な気持ちにさせたことは何だったのでしょう?やはり英語ですか?

そうですね。最初小学6年生で初めてフィンランドに行った時は、英語はほぼ話せない状況でした。今とは違い、小学校で英語の授業は必修ではありませんでしたし、1週間に1度、英語のクラスがあったかどうかといったくらいだったので "My name is Mai." が言えるくらいのレベルでした。

Q:実際に始まってみて、現地での学校生活はいかがでしたか?

フィンランドではインターナショナルに通うことになりました。ほとんどがフィンランド人で、その他大半がヨーロッパ人でした。アジア人は2~3人でしたね。最初は英語がわからなかったので、本当に辛かったです。 "homework"という単語の意味すら分からず過ごしていたのですが、ある日突然先生にすごく怒られてしまいました。怒られている内容もわからなければ、自分が何をしなければならないのかもわからない、その状況自体が非常に辛かったです。

徐々に、「どうやらあの"hw(homeworkのこと)"という単語は重要らしい」と察し、とりあえず全てを書き写すことを覚えました。それを家に持って帰り、母に教えてもらい、自分のわかるところから進めるようにしました。9月に中学校に入学しましたが、学校に馴染むまでには5ヶ月くらいはかかりましたね。

入学して3ヶ月目くらいの時に、私と同じく英語の話せない友達ができ、非常に気持ちが楽になりました。完全に馴染めたというわけではありませんが、学校に行くのが苦ではなくなったのです。私の名前が”Mai”なので、最初のころは"my"という単語が聞こえるたびにビクビクしていましたね。

Q:何を話しているかわからない、という状態からのスタートだったのですね。勉強どころではありませんね...

フィンランドは学校教育に非常に力を入れている国ですし、私の通っていたインターナショナルスクールは他校の先生が見学に来るほど充実していた学校だったので、もちろん課題の量も多かったですし、ディスカッションやプレゼンテーションを行う機会も非常に多かったですね。学年が上がるにつれて、課題はどんどん大変になりましたが、小学6年生の後半頃から、なんとなくどうすれば良いかはわかるようになってきました。

GoogleやYahooの翻訳サービスを利用しながら、試行錯誤することで徐々に理解できる単語も増やしていきました。この頃から、スポーツなどの機会に褒められることも増え、それが自信につながり、自分からもしゃべることができるようになってきました。

中学での辛い経験を胸に、明るく飛躍した高校生活。

Q:フィンランドで中学校を卒業されて、その後はエジプトに引っ越されたのですか?

中学卒業後は、一旦日本に帰ってきました。日本の中学校に編入し、少し日本で学校生活を送りましたが、また親の仕事の都合で今度はすぐにカイロへと赴くことになりました。エジプト・カイロではアメリカンスクールに通っていました。インターナショナルスクールに通う選択肢もありましたが、家の近くにあった有名なアメリカンカレッジを選択しました。

Q:インターナショナルスクールからアメリカンスクールに。変化は大きかったですか?

中学生時代の経験もあったので、語学的には問題がないと思って通い始めたはいいものの、アメリカ人が非常に多く、アメリカンイングリッシュでないと話を聞いてもらえませんでした。それまではインターナショナルスクールに通っていたこともあり、どちらかというとカナディアンイングリッシュだったので、自分はちゃんと伝えていても、聞いてもらえていないことをひしひしと感じて、だんだん英語に自信を失いました。ただ、アメリカンイングリッシュの発音で話すとすぐに話を聞いてもらえるということがわかったので、周りの友達の発音を聞きながら徐々にアメリカンイングリッシュに修正していきました。

Q:同じ英語でもそのような苦しみがあるのですね。高校生活は総じてどうでしたか?

エジプトの学校では英語の問題で出鼻をくじかれさえはしましたが、フィンランドのインターナショナルスクールで過ごした経験から負けないぞ!という気持ちが非常に強くなっていたので、高校時代はオファーが来たことに関してはなんでも引き受けるようにしていました。学級委員などもしましたし、積極的に行動したことで、顔見知りも増え、徐々に周りの信頼を得られたのかな、とは思っています。

Q:中学校生活時代もそうですが、英語に関してはどのように習得を進めたのですか?

そうですね...残念ながら英語を話せるようになるために、特別これといって努力した記憶はありません。中学生の時に私と同じように英語が話せない友達ができたことで、まずは学校に通うことが苦痛ではなくなりました。そうして二人でいるうちに、徐々に他の子達も加わって、徐々に友達の輪が広がっていきました。そうして日々生活を共にしていると、英語できちんと伝えられなくても、だんだんと相手の言いたいことを汲み取れるようになってきて、私がうまく気持ちを伝えられないでいると友達がそれってそういうこと?と聞き返してくれるようになり、英語の上達スピードがぐんとあがったんですね。友達同士で問題なく会話できるようになるのには1年半くらいかかったと思いますし、それくらいかかるものだと覚悟しておいた方がいいと思います。

自分の知らない色々な人や場所、世界とつながる機会を持ちたい!

Q:これから海外での生活を始める人に送りたいメッセージはありますか?

私自身の中では、アメリカの大学を受験することを考えていましたが、ちょうどカイロにいたころにアラブの春が起こり、街中が混乱し、ナーバスな雰囲気の中、自分としても一人でアメリカでの大学生活を送ることは心細かったので、家族全員で日本へ帰国することにしました。

6月に高校を卒業し、すぐに帰国し、それから3ヶ月間の勉強をへて、9月に上智大学の帰国子女入試を受験し、合格。両親が在籍していた大学だったこともあり、第一志望だったので進学を決めました。

Q:大学時代はどのように過ごされてきたのですか?

大学時代は書店、アパレル系、ワインショップなど様々なアルバイトを経験しました。自分の知らない色々な世界を知りたい、という好奇心からだと思います。もちろん辛いこと・嫌なこともたくさんありました。アルバイトなので辞めようと思えばいつでも辞められるかもしれないけれども、つらいときに辞めてしまうのは自分の性に合わない、つらいことは必ず乗り越えるようにしていました。中学時代の辛かった経験から、多少のことならなんとかなるんじゃないか、という根拠のない自信もあると思いますが(笑)

Q:これから就職活動の時期ですね。将来はどのような仕事がしたい、という希望はありますか?

将来は商社やメーカーなどに勤務し、海外で仕事ができればいいなと考えています。海外の人、自分の知らない世界に生きている人とつながる機会を多く持とうということを常に心がけているので、一つの場所にとどまるというよりかは、いろんな人と話して、いろんな場所にいって、仕事ができると思うとわくわくしますね。

周りの人に優しく、そしてバイタリティを養えた海外生活。

Q:白石さんのそのように積極的な姿勢は海外生活を経たことで身についたものなのでしょうか?

海外で生活する以前から明るい性格ではありましたが、非常に勝気な子供でした。海外で生活し、英語が話せない一人の苦しみを味わったことで、マイノリティの気持ちを汲み取れるようになり、周りに対して優しくなったと思います。あと、バイタリティはつきましたね。あれだけ辛く、苦しくてもなんとかなったんだから、という風には考えられるようになりました。

Q:そのバイタリティは今後生きて行く上で、絶対活かされてきますね。逆に、海外で生活したことによるデメリットは何か思いつきますか?

漢字が書けないこと、敬語がうまく使いこなせないことですかね。特に帰国してから思うのは、本当に敬語は話せておいたほうがよかったなということです。これから就職活動も控えているのでなおさら強く感じます。今は帰国子女として同じような悩みを抱える人たちのサポートをしています。特に日本語面ですね。私もそうでしたが、帰国した当初は面接が非常に怖かったです。言いたいことはあるが、それを適切なニュアンスで伝えられなかったり、さっと言葉が出てこなかったり。そういう悩みは帰国子女として同じ経験をしてきた私だからこそよくわかると思うんです。

Q:勉強に関して、日本語面以外で何か、そういった気をつけるべきポイントはありますか?

数学についてですかね。日本と海外では数学がぜんぜん違います。中学で帰国して、日本の高校に進学することになっていたら大変なことになっていたと思います。実際通っていた日本の中学・高校では全くといっていいほど数学は点数がとれていませんでしたし。もし、中学・高校で帰国して日本で過ごすことを考えるのであれば、日本の算数や数学の勉強は何らかの形で進めておくべきだと思います。数学...なるほど。日本の数学は受験を勝ち抜くためにどうもテクニックに走りがちですからね。海外の学校で教育を受けてきたひとにとっては非常に難しい科目ですね。海外での勉強は楽しかったですか?

Q:日本の数学はパターン暗記に走りがちなので、海外で教育を受けた人にとっては非常に難しい科目ですね。海外での勉強は楽しかったですか?

日本で中高時代を過ごしたわけではないので適当なことは言えませんが、何かやれ、と言われたものを確実にこなしていれば点数がとれるイメージがあります。海外の学校では自分自身の「答え」というものを求められます。日本だと空気を読んで無難な受け答えをすることもままありますが、海外の学校だと個性的な解答や物の考え方の方が評価されました。自分という人間を表現しやすかったのは海外の学校だったので、私は非常に肌に合っていました。先生と生徒の関係のあり方も全く違います。双方向からの発言が飛び交い、コミュニケーションは非常に濃いですね。

Q:最後に何か、帰国子女として後輩へのアドバイスがあればよろしくお願いします。

一度海外で生活し、日本に戻ってくるとずっと帰国子女として見られ続けることになります。帰国子女というと、英語ができるイメージがありますが、そのレベルはひとそれぞれですし、中にはあまり英語を特に得意にしていないひともいます。ただ、海外で経験してきたことは絶対に自分自身のものなので、英語のレベルにとらわれることなく、自信を持って自分の人生を歩んでほしいなと思います。