塚田 みゆきさん

「両親はじめ周りの人の支えのおかげで幸せな海外生活」

塚田みゆきさん
出身高校

洗足学園高等学校

在籍大学

慶應義塾大学 法学部政治学科

海外滞在歴

アメリカ・ニュージャージー(5歳〜9歳/4年間)
アメリカ・カリフォルニア(16〜17歳/1年間)
オーストラリア・メルボルン(21〜22歳/1年間)

3度の海外生活。英語をきちんと使いこなしたい!

海外経験が豊富ですね。それぞれ海外で生活するに至った経緯を教えてください。

金融機関に勤める父の都合で、アメリカ・ニュージャージーの日本人の多い街に、幼稚園の年長から小学校4年生の3学期が始まるころまで住んでいました。住んでいた同じ地区にはメーカーや商社に勤めるお父さんの家族が多く住んでいました。月曜日から金曜日は現地校に、土日は補習校に通っていました。

帰国後は公立の小学校に編入し、帰国子女入試で洗足学園に入学しました。学校には帰国子女の友人が多くおり、学校内でもたまに英語が聞こえてきたり、帰国子女だけの英語のクラスもあり、英語に触れる機会は少なからずありました。私は小学校4年生の途中で帰国したため、幼い英語しか話すことが出来ず、難しい本も読むことが出来ませんでした。しかし、幼い頃に海外で生活したおかげで、英語の発音だけはよく出来ました。発音はきちんと出来るのに、内容が理解できないことが自分自身の中で非常にコンプレックスとなっており、英語をネイティブに近づけたい、という目的意識から高校1年生の時に学校の制度を使って、留学することを決意しました。

帰国し、これまでなんとなく海外とつながってきたからという漠然とした理由と、姉のすすめもあり、帰国子女の多い慶應義塾大学の法学部政治学科に進学しました。大学に入学してからも、世界各国から留学生を日本に招く活動を行うなど、英語に触れる機会は多く持つようにしていましたが、最終的には学術的な英語をきちんと使えるようになりたい、と思い、オーストラリアへ留学しました。

両親、周囲の支えに感謝。何事も一生懸命、笑顔で取り組む!

初めて海外での生活を経験した小学生時代。どんなことが印象に残っていますか?

小さい頃はアメリカに引っ越しすることをすごく楽しみにしていましたね。母には周りには言わないように、と止められていたのですが、周りの子にも「アメリカ行くんだ、すごいでしょー?」と自分から話していました(笑)

私の通っていた小学校では人種差別などは全くなく、本当に可愛がってもらいました。英語も家庭教師の先生と一緒に勉強しました。あまり英語の勉強で苦労した記憶もありません。最初のうちは、テキストなどは母親が全て日本語に訳してくれたものを使って、勉強していたようです。また、家が学校の目の前にあったこともあり、母が家にたくさん友達を招いてくれたので、友達と遊びながら英語も上達していきました。父のサポートもありました。父に手伝ってもらいながら完成させた発表で、先生に褒めてもらい、さらにはクラスの皆から拍手までしてもらったことは忘れられません。今思い返すと、おそらく父が学校の先生にそうしてくれるよう頼んでくれたのだと思います。学校のカルチャーも素晴らしく、また両親の大きなサポートがあり、海外生活中、あまり嫌な思い出はありません。

1つ鮮明に覚えているのは、現地校にいるときと、補習校にいるときで全く自分のキャラクターが違ったことですね。現地校にいたときはみんなから可愛がられる妹的存在、補習校にいるときはみんなをまとめるリーダー的存在で、身につけるものまでかわっていました。日本人しかいない日本語の環境では、自分の存在を確かめるために強くあろうとしたのかもしれません。

2度目の海外生活も、周りに恵まれました。課外活動に一生懸命とりくみ、いつも笑顔で過ごすよう心がけたことで、「みゆきはいつも笑顔で頑張っているね」と周りから注目してもらえ、すぐに受け入れてもらうことができました。だからこそ、英語も話しやすかったです。

無理しなくても大丈夫、のびのびと楽しい時間を過ごしてほしい。

これから海外での生活を始める人に送りたいメッセージはありますか?

海外生活を送る上で、「親の影響」「子供の性格」「学校の文化」というものは非常に重要だと思います。私の楽しい帰国子女経験は、すてきなカルチャーの学校で、両親の大きなサポートあってこそのものです。どんなサポートであれ、何より大事なのは子供の性格に合ったサポートがあること。そういう意味で両親には感謝してもしきれない。帰国子女経験は本当に素晴らしい経験です。

帰国子女になるのは、自分の意思ではなく、ご両親の都合。年齢が小さいことも多々あるし、自分の意思に関係なく、海外に行くことが多い。だから自分から何かやらなきゃ、何か行動を起こさなきゃと思うことは少ない。だからこそ無理しなくていいんだと思います。背伸びせず、自分が現地人じゃないということを認めて、のびのびと楽しい生活を送ってほしいと思っています。